昔日の客

夏葉社
関口良雄
2010年10月30日発行 四六判上製・232頁 本体2,200円+税

















昭和二十八年、東京・大森で開業した古本屋「山王書房」。
その店主、関口良雄が書いた随筆集である。

山王書房は、上林暁、尾崎士郎、尾崎一雄といった
有名作家たちにも愛された、名店と呼ぶべき古書店だった。

そうした著名な作家たちも随筆には登場するが、
「恋文」「汗」「お話二つ」「イボ地蔵様」など、
ともすれば文学とも古書ともあまり関係のない人々との話が
ひどく心にのこった。

まったく本を読まない青年が登場する。その彼に、著者は

 そんなこと、少しもはじる事はないんだ。
 君の心は、この濁った東京に住んで、少しも
 汚れなかったではないか。都会には、本を
 読んでも精神の腐ったのが、ウヨウヨしている。

と語りかける。

著者は、「古本屋という職業は、一冊の本に込められた
作家、詩人の魂を扱う仕事」と言っていたという。
その魂を遺し、伝えていくことを生業としながら、
本を読まない人を、それだけを理由に軽蔑はしない。

なんのために本は書かれ、読まれるのか。
ひとりの人生では体験し得ぬ世界の広さを知るため、
ではないだろうか。

まして、新刊に比べて古書は、仕入にも販売にも
内容に対する理解と知識がより必要になることも多い。

その理解と知識によって、書物の理解だけにとどまらず、
人間そのものを深く理解するに至った。
視野広く、感受性豊かに世の中を見て、人を見た。
古書店主・関口良雄のそのあり方が、
山王書房を名店にしたのではないか。

司馬遼太郎の随筆の中に、古書店は男児一生の仕事だ、
と若い男性に薦めた話がある。
彼らの生きた時代にはまだそうした名店が
多く残っていたのだろう。
新刊にせよ古書にせよ、本が売れない時代になっている。

いちど行ってみたかった、と思う。
昭和五十二年、店主の逝去と共に山王書房は閉店した。
私の生まれる二年前のことであった。