手塚治虫エッセイ集成 私的作家考

立東舎
手塚治虫
2017年6月20日初版発行 A6判・352頁 本体900円+税

















『マンガがあるじゃないか』の時にも書いたが、
私はマンガも好きである。

子供の頃に読んだ「学習漫画 日本の歴史」は
確か小学館版だったと思う。
ノートの端に、弥生時代人や朝服と位冠姿の古代人や、
足軽と馬とかを描くほど好きで何度も読んだ。
横山光輝「三国志」は小学生男子の誰もが通った道である。

漫画雑誌はあまり読まなかったのだが、
1980年代は、今でも名作と言われる漫画が
たくさんあって、あちこちでいろいろ読んだ。

そういうことを思い出しながら、自分の記憶の中で
最初にはまり込み、考え込んで何度も読んだ漫画は、
というと、「火の鳥」「アドルフに告ぐ」なのが
我ながら不思議なのだ。

ジョジョもスラムダンクもドラゴンボールも、
車田正美、あだち充、浦沢直樹、かわぐちかいじ、
読んだことのある有名作品はいくらもあるのに、
最初の記憶が手塚治虫なのである。

漫画の世界の神様であることを後からいろいろと知って、
記憶が操作されたのだろうとは思うのだが、
それにしても時期が前後しすぎる。
我がことながら、そうまで大きな影響を及ぼされたことも、
神様たる所以だろうと感じるのである。

なにしろ神様であるから作品自体の解説も世に溢れ、
いまさら私が語ることももうないのだが、
その手塚治虫自身がどう考えて幾つもの名作を描き、
同時代に存在した他の漫画家、作品をどう思っていたのか、
というのは案外知られていないようである。

少なくとも、本人の声を聞く機会が宮崎駿に比べて
はるかに少ない。
映像の保存に関わる技術が今ほどではなかった時代に
鬼籍に入られたことが惜しい。

本書で手塚治虫自身が語り、書き残したことは、
信念などという堅苦しいものよりもずっと軽くて
ずっと貴重な軸足のようなものであって、
物を作る身として背筋が伸びるし、心が打たれる。

文庫ぐらいの気軽さでこういうものが読めるのは、
本の良いところだとあらためて思った。